「発達障害がありますが、バイオリンを弾けますか?」

問い合わせの頻度が増えてきたので、一般向けにも当記事を作成しました。「発達障害またはその疑いがある子どもがバイオリンを弾けるのか」について、当レッスンの考え方や事例を紹介します。

「発達障害の診断が出ていますが、バイオリンを弾けますか?」

以下の2つが揃っていれば、特性の強い子どももバイオリンを弾けます。特性の出かたや濃淡によっては大人が期待する練習にならないかもしれませんが、そもそも習得が難しい楽器ですからどんな人でも6週間で完璧になんて弾けないのです。

1.楽器を安全に扱うための約束を守れる

2.「バイオリンを弾きたい」と思っている

それぞれ、具体的に説明をしていきましょう。

1.楽器を安全に扱うための約束を守れる

バイオリンに限らず、楽器はとても繊細な道具です。絶妙なバランスで成り立っている部品や仕組みが多用されていますから、安全に扱うにはいくつか約束があります。

例えばバイオリンなら「弓先を人の顔に向けない」はとても大事な約束です。弓は思っているより長いので、腕を伸ばすと1メートル以上先まで弓先が届きます。1メートル離れたところにいる人から目を突かれるなんて普段誰も考えていませんから、突然顔の前に弓が突き出されるととても恐怖を感じますし、目に入れば失明させることもあります。だから「弓先を人の顔に向けない」約束は絶対守らないといけないのです。

ほかにも「楽器を置くときは両手を添えてゆっくりおろす」という約束事もあります。傷つけないようにというのはもちろんですが、楽器の繊細なバランスを崩さないことが重要な目的です。

楽器には外れやすい部品が使われていますし、各部品は繊細なバランスで組み立てられています。丁寧に扱わないとすぐに壊れたり不具合を起こします。だから楽器を習ううえで最初に「楽器を安全に扱うための約束を守れる」ことはとても重要なのです。

もし衝動的に物を投げることがある等の特性が強いうちは、バイオリンに限らず楽器の習い事は少し待ったほうが良いでしょう。楽器を壊してしまわないか、怪我をしないか等、保護者が常に気を張っていることになるので、本来は楽しいはずの楽器の演奏が負のストレスにさえなってしまうのです。楽器の習い始めに年齢制限はありません。大人になってから始める人もたくさんいますから、楽器の習い事は物の扱いが上手になってから考えてみましょう。

2.「バイオリンを弾きたい」と思っている

特性の強弱にかかわらず、実はこれが一番大事なポイントです。本人が「バイオリンを弾きたい」と思っていること。弾きたい気持ちがあって楽器の扱い方を守れるなら、特性の強い子どもでも練習すれば弾けるようになります。

例えば集中力が極端に短いのなら、集中できる時間だけ頑張ってみましょう。30分のレッスンのうち5分しか集中できないのだとしたら、残り25分は保護者が代わりに受講してみてください。そして「集中できるときに5分ずつ練習する」で構いませんので、保護者が習ったことを少しずつ代わりに教えてあげてください。レッスンの日時はあらかじめ決まっているので、もしかしたら次のレッスン時間には子どもの気分がバイオリンに向いていないかもしれません。そこを保護者が「今なら集中できるかな」「今はちょっと難しいな」という判断で補ってくれるとうまくいきます。

「親にバイオリン経験がないから無理!」なんて思わなくて大丈夫です。子どもたちはみんな「未経験」から習って練習しています。保護者も一緒に「どこが難しいのか」「どうしたらよい音がでるのか」を考えながら同じ経験をしてみましょう。どんなに人気の教室に通っても自宅の練習は保護者が指導するしかないので、一緒にレッスンを受けることは家での練習にも効果的です。

次々に興味の対象が変わってバイオリンだけに集中できないなら、バイオリンのほかに興味のあるものを一緒に置いておきましょう。バイオリンよりもほかの何かに関心がが向いた瞬間は、無理にバイオリンに引き留めなくて構いません。手元にある興味の対象で遊ぶなり部屋を離れてもいいので、数分後またバイオリンを弾きたくなった時にレッスンを続けます。

レッスンの進度は遅れがちですが、いつまでに何をしなくてはいけないという義務ではないので、楽しくレッスンを受けられるときにレッスンを進めてきましょう。

ほかにも「こだわりが強くて納得できないことがあると癇癪を起こす」という傾向が強いと、レッスンが何度も中断します。多くの場合は「音が奇麗でないことに納得いかない」「指導されたことができないのが納得いかない」等、誰もが通る難所で戸惑っているだけです。そこで「もうバイオリンは嫌だ」と言い出すなら続けることは難しいのですが、自分なりのクオリティの基準を超えられずに悔しいと思っているうちは、気持ちの整理がつけば一歩前進します。

癇癪を起すとレッスンが何度も中断するので親も不安になるかもしれませんが「バイオリンは嫌だ」と言っていないなら、難所を乗り越えるのを見守るか、少しお手伝いしてあげてください。「できないことが悔しいけど親に手出しをされるのも嫌」という場合もあるので、手出しをするのがいいのか見守るのがいいのかは保護者の判断にお任せしています。講師も先を急ぎませんから、試行錯誤で構いません。「バイオリンは嫌」と言っていないなら、癇癪は弾きたい熱意の一形態だと考えています。

癇癪までいかなくても「親に手を出されるのが嫌」というケースもあります。初心者のうちは姿勢や持ち方が安定するまで保護者がサポートするのが望ましいのですが、人の手が加わることを極端に嫌がるなら保護者はいったん手を引いて見守りましょう。嫌なことを無理強いされても楽しいことは何もありません。子どもは「他人が見て見栄えが良いか」には関心がなくて「自分が弾いて楽しい」を優先しています。姿勢や形が安定しないと音も悪くなりますが、本人が「もっと良い音にしたい」と思うまで時間がかかるので少し待ってみましょう。

「6週間で曲を弾けるようになりますか?」

バイオリンをどれだけ弾けるかは、どれだけ練習するかにかかっています。練習しないで弾ける人はいません。当レッスンでは1日の練習の目安は10分とお伝えしています。10分以上弾いても構いませんが、練習を毎日続けることが重要なので1日10分としています。特に初心者のうちはまだ練習が毎日の習慣なっていないので、歯磨きと同じくらい毎日のルーティンにするためにも、短い時間を毎日繰り返していきます。

これまでの事例からお伝えすると、特性の強い子ども皆「きらきら星」を弾けています。バイオリンを弾きたいという気持ちがあったので、練習の濃淡はもちろんありますが「きらきら星」を完成させています。

高学年生の課題曲「喜びの歌」は少し難しいので、特性が強い場合は「きらきら星」をお勧めしています。曲を最後まで弾けたときの達成感を体験してほしいので「きらきら星」を最初の着地点にします。そのあと「やっぱり『喜びの歌』を弾きたい」と思う場合には継続レッスンを利用して「喜びの歌」を練習していきます。

30分のレッスンを30分ずっと受けることができなければ1回のレッスンで進める量は少なくなります。必然的に家での練習の内容も少なくなります。30分ずっとレッスンできた場合と比べれば進度は遅いのですが、それでもレッスンを受けて練習した分は進んでいきます。

弾きたい気持ちが強いと基本を飛ばして曲を弾くことを先取りしたくなることもあります。基本練習を嫌がるので姿勢には癖があるのですが、曲は少しずつ形になっていきます。

6回のレッスンの中で必要なことはすべてお伝えするので、あとは家でどれだけ練習できるかです。6回のレッスンで足りないことはあまりないのですが、お休みしてしまったりもう少し指導を受けたいと思う場合は、既定の6回に加えて追加レッスンを選択することも可能です。レッスンの内容は分かったけど、納得いくまで弾き続ける時間が欲しいと思ったら、延長レンタルを利用してみてください。飽きるまで弾いて存分にバイオリンを楽しめたら満足の終わり方できます。

テレビやYouTubeで見るように優雅でカッコ良くバイオリンを弾くには、誰でも10年くらいかかります。そんな難しい楽器で、6週間の練習で1曲弾けるのはそれだけですごい成果です。バイオリニストのように完璧な演奏ができる人はいないので、仕上がりにも個々の差があります。テンポを合わせるのが苦手だったり、姿勢を維持できなかったり、それぞれの課題は残したままかもしれませんが、それでも「1曲弾けた」という成功体験は自分に少し自信を持てるようになります。「子どもに自信がついた」という保護者からの感想コメントも紹介していますので参考にしてください。

保護者に協力していただきたいこと

1.本人は返事できないときは、代わりに返事してください

特性の強弱に関わらずですが、小学生が初対面の講師の質問に的確に答えるのは結構なプレッシャーです。「今のは分かったかな?」と簡単な質問でも何も答えられないことも珍しくありません。そんな時は、保護者が代弁してください。ただでさえ慣れない楽器を弾くのに精いっぱいなのに、余計なプレッシャーを与えられたらどんどん混乱していきます。

スピーチの練習ではありませんから、答えられないなら無理に答えなくても構いません。ただし講師は「Yes・No」の返事をもらわないと生徒が理解できているのかどうか判断がつきません。次の指導に進んでいいのか、もう一度理解できるよう説明を変えたほうがいいのか、講師が適切な指導をするためにも、保護者からみて「答えるのがしんどいみたいだな」と思ったら代わりに答えてください。

とくにオンラインのコミュニケーションでは「Yes・No」などはっきり言葉で伝えないと相手にこちらの意図が伝わりません。講師が画面上の生徒の様子から理解の程度を察することは困難なので、コミュニケーション部分は保護者が補ってあげてください。これだけでも子どもは安心してバイオリンに集中できます。

2. 保護者もバイオリンを弾いてみてください

バイオリン経験のない保護者がうまく弾けないのは当たり前です。うまく弾ける必要はないのですが、どうしてできないのかを考えてみてください。ここが特に難しい、この動きは一人ではできないと分かると、家でのサポートの仕方もわかってきます。

バイオリンは、普段の生活ではやらないような筋肉の動かし方をします。なので最初はうまく体を動かせず姿勢がどんどん崩れていきます。傍から見ていると単純な動きなのになぜできないのかと不思議に思えるかもしれませんが、普段と違う体の使い方をしなければならないので、思う方向に全く動けていないのです。バイオリンの音を出すことに集中すると姿勢に注意が向かなくなり、ますます姿勢は崩れていきます。

これば頭で考えるより保護者も自分で同じ動きを試してみるとできない理由を実感できます。保護者は「だからこうすればよい」と答えを出せるかもしれませんが、子どもは「できない状態をを繰り返す」ことが精いっぱいになっているので、そこで正しい方向に動かせるようサポートしてあげてほしいのです。

3.強い特性が分かっていたら事前にお知らせください

普段認識している強い特性がある場合は、事前にお知らせいただけると助かります。何か配慮が必要な場合は事前に担当講師に打合せできますし、発達凸凹の生徒の指導が得意な講師が担当できるようにも手配できます。何も事前情報がない場合、講師がその場で対応に困る可能性もあります。あれもこれもとプライバシーを晒す必要はないのですが「学校でも、事前にこう伝えたらうまくいった」「ここに配慮してもらえたらレッスン受講できる」「初対面の人にはこれを伝えておいたほうが驚かせなくてすむ」という点があればお知らせいただけるとありがたい限りです。

「こういう特性のある子だけどレッスン受講できるか」という相談でも構いません。できる範囲でレッスンを工夫していますので、バイオリンに興味があったら是非その興味を叶えてあげましょう。

オンライン・レッスンのメリット

オンラインのコミュニケーション環境は2020年以降コロナ禍の副産物として急速に普及したことなので、オンラインで何かを習うスタイルに慣れてない人もまだたくさんいます。

特性の強い子どもだとオンラインは難しいのでないかと思うかもしれませんが、特性によってはオンラインは好都合なことがたくさんあります。

1.普段生活している環境

自宅でレッスンをうけるので、いつもと同じ安心できる環境です。お気に入りのぬいぐるみを近くに置いたり、リラックスできる環境を整えることができます。教室まで通う時間も要りませんので、遅刻の心配もありません。

2.いつでも逃げられる

初対面の人やコミュニケーションに苦手意識がある場合は、講師と同じ空間で30分過ごすことに苦痛を感じるかもしれません。緊張から逃げたくなったら画面の見えないところに離れて構いません。不安を取り除けたらまた画面の前に戻ってきてください。

3.講師の楽器を触れない

講師の楽器に興味を示した場合、つい触ってみたくなるかもしれません。小さな子どもならよくある衝動ですが、講師の楽器は大事な商売道具なのでむやみに触っていいものではありません。どうして「触ってはダメ」なのかは、初回のレッスンでも詳しく説明しています。楽器はおもちゃのように貸し借りしてよいものではないのです。自宅でオンライン受講している限り目の前にあるものはすべて自分たち家族のものだけです。講師は離れた別の場所にいますから、衝動的に講師の楽器に手を出してしまう心配はありません。物理的に離れていることで一つ心配事を減らせる場合もあるのです。

4.全国どこからでも受講可能

対応してくれる教室が自宅の近所に見つからなくても、オンラインなら全国どこからでも受講可能です。実際に当レッスンの講師も、関東、中部、四国、九州と全国各地に散らばっていますし、欧州在住の講師もいます。

そうはいっても、やっぱりオンラインは難しいのではないかと思う場合は、こちらの記事も参考にしてください。バイオリンはオンラインだから難しいのではなく、練習の仕方が分からないと難しく感じられるものです。オンラインでは保護者も積極的に手を動かす機会が多いので、むしろ「家での練習の仕方がちゃんとわかる」という利点があります。